現役早大生たぽの戦闘日記

本、映画、舞台、音楽、恋愛、社会について思ったことをずらずらと。

2017年の上半期が終わったらしい

どうやら2017年の上半期が終わったようだ。

拙者は日本一素敵な男になるというハタから見れば極めて乱雑で曖昧な、阿呆くさい目標を信条に生きることを決めているものだから必然的に日々求められる行動の質も高まるのである。

 

この目標が自身の理想のアイデンティティを形成する為には、もっぱら理にかなっていると考えるのは私だけだろうか?

 

まあいい。

 

何れにせよ今回この記事を書くというのはブログの方向性を定めていないからこそ書けるのであるから思う存分日記形式で言葉を綴る。

 

では、本題へと移ろう。

 

2017年は決意を新たにして、再び船出をする所から始まった。

 

 

去年の自分は大学生という裁量のほとんどない自由を手にしたものの、その使い道に悩んだ。

 

考え、行動することをしなかった。

 

 

この体験は我が人生において初めての黒歴史だ。

 

光の灯されていない箱の中に閉じ込められ、ひたすら呼吸の仕方を探しているような日々。

 

 

 

生きる意味が分からなかった。

 

 

 

今死んでも何も変わらないのではないか。

 

 

 

むしろ。

 

 

 

 

 

むしろ、今自発的に死を選んだ方が、美しい死を遂げれるのではないか。

 

そんな事を本気で考えていた。

 

 

 

そんな状態からのスタートだった。

 

 あれから半年が過ぎ、今の僕はどうか。

 

周りの友達が皆羨ましがる最高に可愛くて、美人で、優しくて、夢を持つ、素敵な女性と付き合っている。

六本木ヒルズインターンをして給料を頂いている。

大学で入りたかった第一志望のゼミに見事合格した。

 

 

このブログを読んでいる人はどう感じるのだろうか。

 

今の僕はあの頃より少なくとも幸せだ。

 

ただ、幸せより楽しみたい。

もっと高次の世界を見たい。

 

そして、、

 

日本一素敵な男になりたい。

 

 

こんな夢を持つようにまでなった。

 

 

僕は生まれてから1度も自分に満足したことがない。

楽しさにも満足したことがない。

刺激を常に欲しがっているのだと思う。

 

明確な、具体的な満足感に浸る日が来るとは今の自分に想像できない。

 

 

もちろん、瞑想や筋トレ、フローしている際にそれに近いものを感じることはあるがそうではないのだ。

 

刹那的な快楽を求めているだけかもしれない。

 

 

しかし努力ありきの刹那的な快楽ならばそれは幸福に近いはずだと思う。

 

快楽から幸福を感じ、より高い次元の世界へと進む。

 

 

それが今の自分にとっての世界なのである。